川田亜子さん最後の言葉4
川田亜子さんはこのことを知っていた。それというのもTVと私の部屋のこうした些細なやりとりはアナウンサーや報道のみならず業界の芸能人まで知られてしまうのが当たり前の状態だからだ。TVの前で呟(つぶや)く独り言が恰も芸人が大舞台で演壇や演技を成功させたかように広まってしまうこともままあった。何故にそのようなことが起こりえるのか。私の部屋が外接のTVスタジオにされているぐらいは自分でも説明できようか。しかし何故(なぜ)私なのかは私自身がいまだもって分からない。
亜子さんはこのような特異な私のポジション利用した。さらに言うと私と『香り』の関係を映画の中のカトリーヌにコジツケて成功させた事例――形成事実を利用した。ことわっておかなければならないが亜子さんと私の間には特別な感情はなかった。亜子さんがフリーに転進したころは私は4年間 TVも観ていなかった。亜子さんが入社した新人のころはよく覚えているがフリーになる前後から死の直前までは彼女の近況を全く知りようもなかった。
亜子さんは亜子さんの業界のほうでの人間関係に悩んでいた。ブログにもぶちまけて発散させたいのだがそうもいかない。そこで特定視聴者を仄めかすマスコミの昔からある技術が隠語として優れていることに目をつけた。特定視聴者のデータは被害が長期間にわたると隠語として確立した体系になる。その隠語を使うと、内輪だけの人間に対してだけだが、感情を発散することができる。そうやって心情をわずかながらも業界内と私に吐露しようとしたのだと思う。
亜子さんが最後のブログを読んだとき、『香り』というのは亜子さん本人のことであることを私は即座に理解した。また業界にいる人間で最後のブログの中で亜子さんのいう『香り』が亜子さん本人に絡めてあることに異論を唱えるひとはいないと思う。もちろん異論どころかこのことに触れることすら憚る業界たちではある。
この『香り』が日テレのアナウンサーではなくてあくまで映画「炎のごとく」の中の『カトリーヌ』であることをことわっておかなければならない。これは当人の名誉にもかかわる。架空の人物が漠然とした状況を少しでも言葉で説明できるよう利用されているにすぎない。『香り』アナは『香り』アナではなく『香り』アナが演じている『カトリーヌ』がこの特異な状況の世界に存在しているならば、亜子さんもどうやら『香り』アナ演じているところがないわけでないということである。
・・・次回へつづく
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