ストーカー歌手のパラサイト商法10
スーパーで平井のような曲が有線に流された。ひさびさに耳にした。どこかで聞いたことがあるリズムだ。なんと先週まで2週にわたってベースで練習していた曲と同じ曲調ではないか。またやってくれたな。また特定視聴者を盗聴した個人情報で平井が急遽私が使っていた練習曲をまねてつくったという感じだ。そしてそれを聞きたくもない盗聴元の本人に無理やり聞かせて怒らせる。平井堅(重症ストーカー)が行っている一連のパラサイト商法である。マスコミの一部は24時間監視されている被害者の弱みに漬け込んで利用する。マスコミの一部が傍観者から第一級加害者に豹変するときでもある。売れなくなりそうになるとこうやって被害者に強請(ゆすり)りでくる。いや時期的に今年もNHKの紅白に選ばれるための売名行為としてやったのだろうか。(しかし紅白にこだわる限り少なくても本物のアーティストじゃないな。こいつ。)
今回も、私がベースの練習で何百回とやった曲を平井がパクッている。その曲はまたキャメルだ。なぜキャメルなのかは「ストーカー歌手のパラサイト商法・第一回」で述べてある。(ボーカルの声質はキャメルの声質が私の声質に似てあるということと名前の符合で平井堅が売り出された経緯がある)どうして私がいちいちすることなすことを平井が盗聴して歌にするのかはわからない。ヒットに味を占めたことを理由とするにはあまりにポシャってしまった歌手や曲があまりに多すぎる。強力な変質者かストーカーだからという理由ならば納得がつく。こいつはまさしく強力な重症ストーカーにちがいない。(平井は被害者が有線で拷問のように聞かされることを当初から知っている。その上で被害者に絡めた詩や曲が平井によって作られる。拒絶し嫌がっている被害者の感情を完全に無視しているのはストーカーしかできないことだ。ただ誇張してストーカーと呼んでいるわけではない。)
曲はあいかわらず低級である。10年前の曲かな?とさえ思った。進歩もなにもない。ひどいものだ。私の使っていた練習曲はキャメルのアルバムbreathlessの”summer lightning”で80年代のダンス系ビートである。一方まねた平井の曲は同じようにダンス系ビートでかなりキャメルの曲を意識させてある。ほとんど盗用といっていい。(そして盗用といっても2つの盗用が重複して行われている。一つはキャメルの曲そのものだがもう一つはその曲を聴いて練習している私のプライバシーを盗用している。)パクリだからといって古さまでそのままアレンジというのはプロとしても情けない。今の人たちの嗜好に合わせるのがプロだろう。いくらアレンジしてもまた80年代どこかで聞いたことのある別の曲をそのまま引張ってきては流用してしまている。それでいて自分の曲だと言わんばかりである。そして自分のひらめきでこの曲を作ったと大嘘をつく。私のキャメルの原曲をベース練習している風景を盗聴しなければこの曲はできなかったくせに。また私が被害者になっていなかったら彼はこの音楽の世界にもいなかったくせに。(被害者を盗聴盗撮し参考にしその被害者の言動から曲をつくり再び被害者に曲を送りつける。被害者が日常生活もできずに苦しむ。そしてそれを生業《なりわい》とする。集団ストーカーの中でももっとも悪質で罪の重いストーカーにしか思えないのだが、平井!お前はどう思う?)
もしかしたらしたらこの曲は10年前に作った平井の曲なのかもしれない。それを聞かされて私は新曲だろうと思ってこうして書いてしまった可能性もある。それだけ古臭い感じのする曲だ。平井自身がもう古臭いこともあろう。しかし、いまさら彼の曲を確認すらしたくない。ストーカーの被害者には加害者の犯罪を確認するときかなりのストレスがある。今回私の早とちりとしても、この男は次回どうせまたやる。いままで何千回とこの男にストーカーされてきたのだから一度ぐらいの早とちりでもこいつの前科は消えない。被害者は散々の目にあった相手の加害者をやすやすとは信用はしない。
実力のないものがその世界に続けることはできよう。身動きできない被害者の弱みに付け込んだ平井のパラサイト商法はその典型である。今回みたいに紅白が近づいたら犯罪被害者を挑発して何とかその席を確保することも平気でする。しかし本来実力のないものが下手にのさばる世界は全体が低迷する。CDの売り上げの悪さはなによりそのことを表している。けっして被害者の祟(たた)りや怨念だけでそうなっているのではない。具体的にどういうことなのだろか。全体に与える質的な影響である。彼の曲はリバイバルやパクリばっかりだ。誰かに付き纏って誰かのものを盗んでいなければ何も造作れない。またそうでもしなければ売れそうにない。無理やり流行らせ売りつけるに成功したとしても質的にオリジナリティーが掛けた二流のものが目立つようになる。音楽業界の全体の質はこうやってCD売り上げと似たような曲線でもって地を這った状態に甘んじなければならない。
マスコミは掟(おきて)だ。ルールだ。約束だ。といって被害者にはマスコミと視聴者との微妙な関係を公言することを控えさせる。そのくせマスコミ当人は一向にルールとされたもの約束とされたものを守ろうとはしない。こうやって今回のように有線で無防備なときに嫌がっている曲を流しては視聴者とマスコミ間の約束を一方的に破棄してしまう。だから、こっちも何かマスコミの嫌がることを言わざるを得ない感情になってくる。マスコミと視聴者の特異な関係をなお一層バラすことは一案だと思っている。付随した有名人の秘密ごとや一部プライバシーもやもうえなく晒(さら)してしまうことにもなるのかもしれない(たいした秘密ごとではない)。
有線からネットストーカーされて曲を無理やり聞かせられたのだから、少なくても一回は今の時点でできる。普段TVからやられている「仄めかし」を考えたらもっとマスコミ関連のことを頻繁に書いてもいいぐらいだ。この先私が何か重大なことを吐き出してしまったとしてもその責任は私には問えない。私は歌手でも有名人でもない。ただの視聴者であるはずだ。文句があれば平井堅に言えばいい。
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