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2008年5月

集団ストーカー被害概要

他のブログもはじめたのでこの際初心にかえってそこに書いた集団ストーカー被害概要を転載します

契機

 切っ掛けは93年梅雨入り前ごろ警官がこの部屋へ来訪したことに端を発します。隣人との生活音の苦情とトラブルでした。何故か翌日から、尾行がつくようになりました。すぐさま気が付いて尾行を巻いてしまったのが相手の気に障ったようです。興信所の尾行などにに慣れているように受け取られた可能性があります。まったくそれらとは縁はないですが映画や小説は好きなので実生活にいざ警察や興信所が入り込んできたときに初めてではないような対応ができる素養ができてあったと思います。勿論、政治、スパイおよび組合活動は一切ありません。犯罪の前科も全くありません。私としては気持ち悪い思いから必死に逃れようと機敏な反応してしまったわけですが、騒音トラブルのような些細なことに尾行までつけられた反発心が若干なかったわけではありませんでした。それらがかえって仇になってしまったようです。

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被害の経過と現状

 以後、集団ストーカーによる「付きまとい」や「待ち伏せ」をはじめとする嫌がらせが毎日毎時24時間いかなるときでも外出のたびに行なわれるようになりました。違法駐車しながら車両でのアンカリング。夜中にヘッドライト無灯火で、一方通行を逆送するモビング。信号無視やUターン禁止区域での意図的なUターン。通行を車で妨害するコリジョンキャンペーン。カーステレオやエンジンのマフラーの大音響をたてながらの数々の危険運転。これらは車という凶器を振り回すことで、否が応でも被害者への注意を引く目的と被害者への威嚇の意味が含まれていますが、私の前では現在も日常的に繰り広げられています。当初は自分の周りで何が起こっているのか把握できずパニック状態になりました。なにせ平和で穏やかだった今までの自分の日常の世界が一転して地獄の世と化してしまうわけですから。集団ストーカー被害の最初の段階で、「集団ストーカーの目的」にはめられていく被害者が多いのではないでしょうか。(昨年神奈川県の小田原であった事件は集団ストーカー被害の発生段階で起きた事件を匂わせるものでした)

 1998年大雪の年ごろから(正確には野球シーズンが終わってから)ナンバープレートが7777のようなゾロメナンバーが一気に増えました。それ以前はゾロメナンバーは殆どありませんでした。彼らの不気味なカルトの側面を思い知らされます。2000年からは石油の巡回販売業者が1件から6件と増えました。リサイクル屋や焼き芋屋のスピーカー、緊急車両のサイレンなどの通過頻度が異常に高くなっているのは2004年辺りからです。2005年からは特定の対象者を意識したヘリのホバリングセスナの執拗な巡回に気付きはじめました。目の前で行なわれる臭いストリートシアターもうんざりするほど見せ付けられました。2007年には公道で右翼のステッカーつけたストーカーに脅迫までされました。生まれてはじめての出来事でした。

 車両(凶器)を使わないストーカー被害としては、此方の服装の色を合わせるといった工夫がアンカリングに使われています。私が青のシャツを着ていると青いチャンチャンコを着た初老の工作員を目の前を頻繁に出没させるといった具合です。車の奇妙なナンバープレートは嫌がらせとしては分かりやすいのですが、私の場合、対人となるとTシャツにマークや文字が入ったもので注意を向けさせるものが多いようです。ストーカーに凝視されるといった動作や行為上の嫌がらせは、タイプの異性の場合であっても恐ろしく気持ちの悪いものです。俗に言う好意的なラブラブ光線とは明らかに違うものです。上官からの命令で行う非自発行為には彼らの集団から植え付けられた敵意や悪意が含まれているからでしょう。 

 同2007年、隣室の新在日工作員の漬物と残飯の悪臭にともなう真冬の蚊の大量発生の被害を受け虫刺症と慢性ヨウシンという病気の診断を受けました。工作員が隣室に移り住むことは93年のストーカー被害の開始とほぼ同時にありました。最初は日本人の工作員だったようです。現在隣りに住んでいる在日工作員は4代目にあたります。いたずら電話や迷惑メールはストーカー被害の当初から頻繁です。郵便箱、自転車や部屋のカギが開けられていたなどの工作もあります。被害の種類を数え上げたらきりがありません。長年耐えてきましたがこれらの事件によって動画アップやブログをだす決意に至りました。彼らの手口の詳細は動画の方を御覧ください。

ストーカーの名目

 彼らは防犯と治安維持を名目にしているようです。自警団やパトロールのステッカーをつけたトラック、タクシー、自転車など多く出没することもそうですが、なによりも緊急車両によるモビング行為がそのように判断する決め手です。防犯目的を主張しておきながら実際は全く役に立っておりません。この15年の間にはオウム事件なのどテロ事件や数々の快事件も起こっています。もしろ彼らはその反社会性および蹂躙性からいって逆にテロや快事件を誘発させる犯罪者集団かのように錯覚してしまいます。

ストーカー集団の構成

 その構成は公安警察を中心にストーカー専門の工作員から自分の職業のかたわらストカーを要請に応じて行う協力員を稼動させる態勢が主立っています。また自警団や右翼宗教系の団体をさらに介在する場合もあるようです。公安警察官以外の職業別では、自衛隊員、基地関係者、消防員、公務員、警備会社、建設業者、自動車修理販売業、タクシー運転手、不動産業、新在日系外国人、中学生と多種多様にわたってます。公安警察とその協力員(もしくは保全隊とその工作員)の姿は日本型のシュタージ要員とそのIMにも例えられます。私という被害者からすればこの国が警察国家になってしまったという認識でおります。

 メディアはそのようなストーカー被害者であることの弱みに付け込むかのように97年秋から、私の個人生活への介入をはじめました。メディア被害は集団ストーカー被害から遅れて4年目ということになります。

 しかしメディアストーカー集団とは思っていません。別な勢力集団です。あくまで傍観的集団であると思っています。またメディア集団は権力を傘にしたこの集団ストーカー組織とは表現の自由をめぐっては対立関係にもあります。基本的にこの表現の自由は被害者の自由でもありメディアを擁護する立場でありたいという願望はあります。

 (しかし、平井堅に関しては許すことができませんでした。あしからず。)

ストーカー集団の目的

 社会的抹殺。切れさせる。自殺させる。病院へ送る。などは彼らストーカー集団の4大目的として被害者の間では定着しつつあります。他の被害者の方々が的確にまとめてくださっています。”AGASAS”や”集団ストーカー概略”などを御覧ください。

一被害者の抱える不安と恐怖

 電磁波や悪臭、騒音、化学物質(生物媒介)の被害も無いわけではありませんが詳細はここでは省略します。私の場合、車両系の集団ストーカーが多く無益に排ガスを吸わされることの健康被害が心配です。もっと困ったことはコインテルプロを意識したアンカリングやモビングはNLPを悪用した精神破壊工作です。最悪の場合狙われた対象者は精神異常を起こしてしまうような犯罪行為です。持ちこたえたとしても精神的心理的な暴力なので被害者(対象者)は慢性的に抑うつもしくは鬱傾向に置かれてしまいます。暴力という原因から被害症状という結果を被害者は必然的に被ります。こちらの方は深刻です。さらにモラルハラスメントの渦中に長期間閉じ込められることで陥ってしまう人間不信もともないます。人間性や被害症状を回復させるプログラムやケアは必須です。しかし、集団ストーカー被害者をサポートする法律も機関も今のところ何もありません。

 またこの集団は権力を背景としていますので、他の世界への影響力は絶大です。つまり、モラルハラスメントの拡散であるモラルハザード問題です。被害者の情報を隠蔽することは簡単です。しかし隠蔽すればするほどなお更ハザードが拡散してしまうというのは、加害者被害者のみならずそれを傍観するものすべてを含めた人間の集団意識構造が関わっているのかもしれません。煎じ詰めれば、子供たちの学校の苛めも職場のハラスメントも、今まで無かったような凶悪な犯罪も源流を辿っていくとこの集団ストーカーの仕組みがその発生源となっていてもおかしくはないということです。このような集団ストーカーの温床となっているのは行政の大半に未だ国民のコントロール(制御)が及んでないところにあります。経済大国ではあっても私たちが所有しているはずの民主主義の未成熟さがこの集団ストーカーを蔓延せる一つの原因ではあります。

 被害の状況は動画で御覧ください。

http://jp.youtube.com/profile_videos?user=MauvePlum&p=r

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ストーカー歌手のパラサイト商法

有線が入っていて日本のポップスがながれている店に入ると決まって特定の歌手の曲が流される。平井堅だ。これはビデオや写真で紹介した異様な車の遭遇率と変わらないくらいに高い頻度で掛けられている。

有線が警備会社か電通の調査ネットワークらしきものと連携して特定の視聴者の動向を24時間にわたって観察し、視聴者のプライバシーに応じ24時間どの時間帯でも瞬時に選曲してながすことが日常的に行なわれている。理由はそういったところだろう。耳栓代わりのMPプレーヤーは外出時には欠かせない。行った先々で同じ歌手の曲ばかり聞かされてアレルギー症状をおこしてしまうからだ。ゾロメ車両を目にしたとき同じように過敏な反応をおこしてしまう。

視聴者にあてたメーッセージ性の高い曲であることはいうまでもない。DJならば視聴者を意識した話題に入る。そして視聴者に放送局や有線が視聴者を注目していることを仄めかす。もしくは語りかけることもある。個人への干渉行為だし迷惑なメールである。放送局や有線が視聴者の入るであろうを店舗や事務所に先回りして毎度偶然の繰り返し曲を流すとなるとそれがストーカーの待ち伏せに何処となく近い。

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ストーカー集団とメディアは別々の勢力であって、さらにこのメディアの勢力はストーカー集団と対立関係にもある。マスコミが神奈川県警を始め警察の不祥事を暴き続けた一代ブームがあったがそこに象徴されている。私としてはメディアはストーカー集団とは分けて考えることにはしている。マスコミは精神的に追い込まれたときに手を差し伸べてくれた恩人的側面の集団でもある。仲間かストーカーか分からない傍観者的位置付けにしておきたい私としての願望がある。しかしながら行く先々で掛け捲られるとなるとその執拗な付きまといの作法としては限りなくストーカーにしか思えなくなってしまう時がある。

高度に発達しきってしまった情報ネットワーク時代と無法地帯であることがこのような事態を招いていると考えているが、モラルハザードが拍車をかけて有名人と一般生活者の区分けを取り払ってしまっていると推測する。有名人へのバッシングという攻撃態勢がワイドショウや週刊誌のみならず一般の生活者にまでいとも簡単に行えることが可能な時代になってしまったと捉えている。

少しここで平井堅が今の知名度を確立するまでの経過を説明する必要がある。平井堅はデビュー当時売れない歌手でしかなかった。ちょうど彼がデビューして2年目あたりの99年だったと記憶している。彼の名前が私の縁のある人の名前と同じこともあって、ある放送局で私への攻撃用としてこの売れない歌手を売り出すことが画策された。そこで私へのメッセージソングである「WHY」という曲が作詞作曲流された。それは彼の名前とこの曲の名前と歌詞の内容の組み合わせで、私を家族とそれに関わるものを誹謗中傷する意味(仄めかし)合いがあった。そして一視聴者をピンポイントでバッシングするという思惑は見事に成功した。

私は深い心の傷を受け、以後ラジオを聞かなくなってしまった。さらに私に不運なことにその曲がヒットしてしてしまったことだ。原因としてはバッシングのように特定視聴者をメディアが私の行く先々で掛け捲ったためとみる。つまり集団ヒステリーの結果が生んだ産物に思える。

そして本来私を利用してヒットした一曲のみで一発屋の歌手の役目を終えたかに見えた矢先、平井堅にまたチャンスが訪れた――(私にとっては不幸なことであるが)。「おじいちゃんの古時計」(正確には「大きな古時計」)という童謡を持ち出してリサイクルしてはこれが何と
またヒットしてしまったのだ。「おじいちゃん」とは私の家族のことで「古時計」とは心臓の例えとして番組か何かを使ってアンカリングしてあった。誹謗中傷というよりは脅迫されたのように感じたのを覚えている。この「古時計」の歌もまた私宛への「仄めかし」で構成されていたわけだ。業界や局としても彼の名前自体に私には家族の名前であるから特定の意味を持つので迷惑メーッセージメールを即座に作って送れる都合のいい歌手ではある。今度はこのヒットで業界関係者のみならず平井堅本人がかなり高飛車な態度になった。生放送の歌番組で私が彼から受けた侮辱は今でも覚えている。
さらに彼のCDアルバムに私のイニシャルをそのまま使っていることも知って暫く怒りが収まらなかった。平井堅というやつはパラサイトやハイエナのように私という特定視聴者に最初からおそらく最後まで依存しているやつである。彼の歌で、「馬鹿歌」というのもがあるが私の公表していない日誌を盗聴盗撮して流用したものだ。誰にも見せない日誌の中で私は彼の歌をそう呼んでいた。

予備知識がない方は、絶対に理解が困難な話であることは十分承知である。私のビデオだけでなくマインドコントロールやMKウルトラやコインテルプロはどういうものであるかまたその被害者たちは何を訴えているか資料や予備知識があられる方はご理解可能だと信ずる。しかし日本のこの平井堅に関しては、国家のがらみの実験だとか込み入ったものではなく、当の被害者本人の観点からみても日本のメディアと音楽業界が行き当たりで集団ストーカー被害者という弱者の商業利用を見出した程度の単純な動機的背景であるような印象をしか受けない。

私がこんな被害に遭っていなければ彼が成功してこれだけの有名人になることもなかった。今度、童謡ではなくクラッシクのリサイクルらしいが、果たしてまた成功するのだろうか。おそらくは私にまた精神的な外傷を与え、トラウマを植え付けることでヒットさせる気なのだろう。私に感謝するどころか挨拶すらもない。代わりにプライバシー侵害と無断利用という暴行である。視聴者へのストーカー行為も当たり前のようになっていて悪びれた様子もない。賠償も謝罪も期待することも無理だろう。非情なやつである。集団ストーカー被害者という弱みに付け込まれて、さらに何の報償もなくプライバシーを無断利用されるのだから腸が煮え繰り返るほど悔しいことである。また悲しい現実である。関係者はじめ末端のストーカーさえも知っている。何万人という人間がこの事実を知っていている。業界、関係者、ストーカー、傍観者は知っていて一般のひとには知らされない華やかな世界の裏で隠蔽されつづけているもう一つの現実である。

ところで平井堅には自分の歌が全く無い。童謡の使いまわしであったり、坂本九のヒット曲のリバイバルであったり、さらに80年代や90年代の米国のヒットソングのカバーがやたらと多い。「WHY」ですら英国の曲のパクリなのだ。そして今回の曲も以前の童謡のカバーのようにクラッシク?のリサイクルである。もし本当にそうならば私がブラームスの交響曲3番を口ずさむので対抗して真似ごとをしているのだろうと思い当たる。(”大きな古時計”や”ならず者”《イーグルス》など私が日常生活で口ずさむ曲や口笛は殆ど彼が猿真似のようにカバーしたきた私にとっての恐ろしい既成事実なのだ)彼の情報は不快感から聞かないようにしているのでそれ以上のことは知らない。リバイバル曲でありながらその曲の殆どすべてが私への迷惑メッセージを兼ねており私の個人情報にも絡めてある。今までそうだったのだから今回も例外ではないと判断するだけである。しかし一体全体、私という特定視聴者のみに頼ったり過去のカバー曲ばっかりで彼には自分というものが全くないのは一つの驚きですらある。それはタカリ屋ユスリ屋とかわらぬやり方で今の芸能界の一つの地位に上り詰めた中身の無いアメーバやパラサイトの正体そのものにすら感じる。

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